大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(あ)532号 判決

本籍

長崎市片渕町三丁目一八〇番地

住居

同所一八一番地

職業

不動産取引業

大塚泰藏

明治二七年五月一七日生

右の者に対する背任、業務上横領、旧所得税法違反、所得税法違反被告事件について、昭和四八年一二月一〇日福岡高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人田川務、同芳田勝巳の上告趣意一、第一点について

所論は、憲法三九条違反をいうが、同一の租税逋脱行為について重加算税のほかに刑罰を科しても憲法三九条に違反するものでないことは、当裁判所昭和二九年(オ)第二三六号同三三年四月三〇日大法廷判決・民集一二巻六号九三八頁の趣旨に徴し明らかである(昭和三五年(あ)第一三五二号同三六年七月六日第一小法廷判決・刑集一五巻七号一〇五四頁参照)。所論は、理由がない。

同その余の点について

所論は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 岡原昌男 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林譲)

○昭和四九年(あ)第五三二号

被告人 大塚泰藏

弁護人田川務、同芳田勝巳の上告趣意(昭和四九年四月六日付)

一、所得税法違反事件及び旧所得税法違反事件

第一点 憲法三九条違反

(一)原判決は被告人に対し懲役一年六月(猶予三年)のほか、所得税法違反、及び旧所得税法違反事件につき、罰金五〇〇万円を課した。

(二)しかし、原審においても主張したように被告人は

(イ)昭和三九年分につき

過少申告加算税 一万九、一五〇円

重加算税 一四七万四、五〇〇円

(ロ)昭和四〇年分につき

過少申告加算税 二万一、七〇〇円

重加算税 七七六万六、四〇〇円

合計 九二八万一、七五〇円

を課せられた。

(三)特に重加算税は所得税逋脱に対する制裁的な性質を有し、租税の形式で行政庁によつて課せられるものではあるが、その実質は納税義務違反者の違反行為をとらえて、一種の刑罰を課するものである。

従つて、右加算税のほかに更に罰金刑を課することは同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問うことになり、憲法三九条後段の規定に違反する。

なお、最高裁判所昭和三三年八月二八日(第一小法廷)判決によれば、追徴税(現行重加算税)は刑罰の範ちゆうに属するものではないから、刑罰を科した上更に追徴税を徴収したからといつて、憲法三九条に違反するものではないとされるが疑問である。

重加算税は納税義務違反者の違反行為に対し、制裁として財産上の不利益を加えるもので、刑事上の罰金と何ら異なるところはない。

第二点 事実誤認

仮に憲法三九条に違反しないとしても原判決には、判決に影響を及ぼすべき、重大な事実誤認がある。

(一)被告人は昭和三九年中において宮津芳通ほか六ケ所に対し、貸付回数一八回、貸金総額約四、〇七〇万円、利息収入合計約二〇二万五、〇〇〇円があつた(第一審判決の認定するところである)。

(二)昭和四〇年中においては、松島昇に七回に亘り合計三、六〇〇万円、長崎ボーリングセンターに対して六回に亘り合計二八〇万円、倉重祥弘に二回に亘り合計六〇〇万円、以上総合計一五回四、四八〇万円を貸付け、その利息金合計三九一万九、〇〇〇円の収入があつたことは争いなき事実である。

(三)国税庁長官の発する所得税関係基本通達九三によれば、「親戚友人等特殊の関係のある者のみに貸付けている場合」にも「その金額が多額(おおむね五十万円以上)に上る場合」には金融業として認めて差支えなく、また被告人の前記貸付状況からみればむしろ金融業と認めるべきものと思われる。

(四)ところが原判決は第一審の判決を支持し、被告人を金融業と認めず、事実誤認をしている(事実に対する法的評価を誤つたというべきか)。

(五)もし、被告人が金融業であることを認めるならば、被告人は昭和三九年中において二、〇〇〇万円以上の貸倒金があつた(一審判決も認めている)ので、これを経費として収入から差引くことが許され、そうすれば、右同年中の所得はないことになるから、同年分に対する所得税法違反の事実は存在しないことになり、従つて、前記の誤認は判決に重大な影響を及ぼすことが明らかである。

第三点 量刑不当

仮に前述のような違憲、違法の主張が認められないとしても、前記第一点の項目中に述べたとおり、被告人は合計九二八万一、七五〇円の重加算税等を課せられているのであるから、その他に刑事上の処罰として、更に罰金五〇〇万円を課することは過酷であり、著しく量刑が不当である。

二、西片支所杭打工事背任関係(原判示六)

第一点 事実誤認

(一)原判決の支持する第一審判決によれば被告人は長崎市農協理事会の決定に基づき、長崎市片渕町三丁目一、〇〇〇番地の四に、同農協西片支所を建築するに当り、宮津芳通の経営する丸宮建材株式会社に建築工事を請負わせることにし、昭和三九年二月八日右会社との間にその旨の建築請負契約を締結したのであるが同月七日ごろ、被告人は右宮津から右建築工事に当然含まれているべき地盤補張のための杭打ち工事費が見積書から漏れていることを打明けられ、右機会を利用してその工事費用として適当妥当な範囲をはるかに超えた金額である一〇〇万円を計上させて請負わせることにより、適正な工事費用との差額を自己において利得しようと考え、同年二月八日前記丸宮建材株式会社との間に工事費用五〇万円程度の杭打工事を一〇〇万円としその旨の請負契約を締結し、よつて少なくとも五〇万円を下らない工事代金債務を市農協に負担させて財産上の損害を加えたというのである。

つまり、右判示によれば被告人は杭打工事の追加工事につき相談を受け、水増し額で請負わせてその適正な範囲を超えた額の分を自分で利得しようと考えていたこと、また翌八日には杭打工事費用は五〇万円程度であることを認識していたのに一〇〇万円で契約したものであるというのである。

(二)しかし、右西片支所の建物につき杭打工事を実施すべきことは誰が見ても異存がなく、それが見積りから脱漏しておれば、何らかの形で補充すべきことであつて被告人が追加工事契約を締結したことは止むを得ない処置であつたと考える。

問題となるのはその費用が五〇万円程度でよかつたのかどうか、また被告人はその費用が五〇万円でいいという認識があつたかどうか或いは被告人には農協に対し五〇万円の負担をさせて、自己の利得をはかろうという考えがあつたかどうかである。

(三)森孝二郎の証人尋問調書によれば、同人は丸宮建材から委託を受けて右杭打工事を実施しその代金は結局三九万四、六〇〇円であつたことが認められるが、これは丸宮建材と右同人との契約によるもので、被告人のあずかり知らぬことである。しかも規格よりも相当大巾に手抜きされていることが認められる。証人小西忠徳の証人尋問調書によれば本件建物の場合五七本程度のコンクリートパイルの打込を要し一本の打込費用は一万五、〇〇〇円であるから、合計少くとも八五万円はかかり、これに若干の経費を加算すれば一〇〇万円の見積りは適当な価格であると述べている。

(四)本件杭打工事契約の経緯をみると、関係証拠を総合すれば昭和三九年二月八日丸宮建材の責任者山崎某より杭打工事費について見積り漏れがあつた旨の報告があつたので丸宮建材に見積りをさせたところ、一〇〇万円と見積りを出したので、市農協西片支所の建築委員林田金太郎、岩崎佐嘉恵、浦繁蔵に対しこの話をして承認を得、契約を締結したことが認められる。

(五)宮津芳通の供述書によれば、本体工事落札前に既に杭打工事の見積り漏れがあること、また右杭打工事は大体五〇万円程度でできることを被告人に話し、また本体工事落札後も同じ話をし、差額五〇万円は被告人に対しリベートとして支払うから一〇〇万円で契約してくれと申し込んだと述べ、いかにも被告人は杭打工事が五〇万円程度で完了することを知悉していたように供述し、一審並びに原審判決も全面的にこれを採用している。

しかし、宮津は被告人に反感を抱き、いかにすれば被告人に刑事責任を負わせることができるかという意図のもとに供述していることがうかがわれ、極めて信用できない人物であること(原審証人笠井麗資の証人尋問調書)、前述の如く、二月八日本体工事落札直後丸宮建材の責任者山崎があわてて杭打工事の見積り漏れがあつたこと、そして、これを是非配慮してくれるよう懇願したこと、証人小西忠徳の証言にもあるように客観的にみて西片支所の杭打工事は約一〇〇万円位かけるのが相当であることなどの諸事実に照らし、宮津の供述は到底信用できない。

(六)被告人は終戦後の廃虚の中から長崎市農協の発展のために多大の犠牲を払い、今日の隆盛を築いたものであつて、今また西片支所を建てるため必死に努力していたものであるから、農協の損失によつて自己の利益をはかろうという姑息な考えを起すとは到底考えられない。

結局、被告人は杭打工事代金がいくらであるかは知らなかつたと認めるのが正しく、従つて背任の故意はなかつたというべきであり、第一審並びにこれを支持した原審は事実を誤認し、原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると考える。

三、西片支所工事出来高過払、背任関係(原判示七)

第一点 事実誤認

(一)原判決の支持する第一審判決によれば、被告人は、昭和三九年三月三〇日ごろ当時東京都にいた、宮津芳通から、西片支所の建築工事代金の出来高払の一部として、三〇〇万円を至急支払つて欲しいとの要請を受けたが前記丸宮建財株式会社に対しては、当時四七〇万円を前渡金として既に支払つており、一方工事の進捗状況はそのころ二〇パーセント程度の出来形に過ぎず、右西片支所の建築請負契約の条項中、出来高払いの条項によれば、右出来形に対しては精々合計一五九万円八、〇〇〇円程度の支払しかできないことは明らかであり、また右丸宮建財は、当時甚だ経営に窮し、その代表取締役である宮津も東京へ金策などに赴いている状態であつたから、前記任務を有する被告人としては、右要請に応ずるとしても前記契約条項に則り工事出来形を厳密に査定したうえ、その条項所定の基準により正当に算出をした金額を限度として出来高払いをなすべきであるのに、従来の行き掛り上被告人宮津芳通の利益を図る目的をもつて、同月三一日、前記市農協事務所において、右会社に対し出来高払いの名目で三〇〇万円を支払い、もつて市農協に対し、適正に支払われるべき出来高払金一五九万八、〇〇〇円との差額一四〇万二、〇〇〇円相当の財産上の損害を加えたと判示しつつも弁護人の主張に対する判断として、「仮に丸宮建財の倒産を救うためには、市農協から右の超過支払いをするほかないとの判断に達したとしても、契約条項に明らかに違反する支出であるから以上の経過を市農協理事会に説明して十分審議を尽し、その承認を事前にえたうえで支出をなすのが当然」であると述べている。

(二)形式的に考えれば、右のように契約条項の支払期日より早く出来高払の工事代金を支払うことは任務違背と言えないこともない。

しかし、建築請負契約の場合には一般に工事進捗の度合によつて工事代金を分割して支払うのが常であるが、結局は工事の完成によつて工事代金全額を支払うことになるのであつて、工事の中途で、契約条項の支払時期より早めて工事代金を支払つたからといつて工事の施主が損失を蒙むることはない(せいぜい金利程度の損失は考えられるが、問題とするほどのことはないと思う)。

遅かれ早かれ工事代金は全額支払うべき性質のものである。

工事の材料が値上りするような情勢にある場合には施主と請負人と話し合いの上で、契約条項にかかわらず早めに支払を済ますことは一般に世間によくあることである。

(三)本件の場合、被告答が工事代金を早めに支払つた理由は、近く鉄材が値上りする情勢にあることのほか、丸宮建財の経営状態が苦しいことを宮津から訴えられ、宮津の懇請を容れて早期に支払いをしたのであるが、問題となるのは、丸宮建財の経営が苦しいから、契約条項に反して工事代金の支払を早めたことがただちに背任となるかということである。

丸宮建財が近く倒産することを予想しながら敢えてまだ支払義務のない工事代金を支払うならば、それは背任となることはいうまでもない。

しかし、被告人が丸宮建財の倒産を予想していた事実は全くない。もし被告人が丸宮建財の倒産を予測しておれば、たとえ支払時期の到来した工事代金があつても支払わなかつたであろう。

なるほど第一審判決の認定しているように、丸宮建財の経営状態が当時甚だ苦しかつたこと、その点に被告人も気付いていたことはあるが、会社の経営は時によつて苦しいこともあり、そうでないこともあつて、会社の経営が苦しいからといつて、ただちに倒産に結びつくものではない。

客観的にみて、丸宮建財の倒産を予測すべき状態にあつたとしても、被告人がそのとおり認識したか否かはまた別の問題である。

なるほど被告人が丸宮建財の倒産を予測しなかつたのは、重大な過失であるが、だからといつて、倒産を予測しない以上、工事代金の早期支払が直ちに市農協に対する背任になるとはいえない。

被告人としてはむしろ、丸宮建財の経営を助けて西片支所の建築工事を順調に進行させた方が市農協の利益につながるとの考慮のもとに本件支払いをしたのであり、丸宮建財が倒産し、工事代金早期支払が農協の損失になるとの認識は全くなかつたのである。(丸宮建財が倒産した際その資材などをまつ先に差押えたのは市農協(被告人)であつたことをみてもわかる)。

当時、西片支所の建築工事については建築委員として林田金太郎、岩崎佐嘉恵、浦繁蔵の三名があり、これら建築委員の了解のもとに本件支払いがなされており、被告人の独断専行ではない(独断でなされたという証拠もない)。

たとえ理事会にはかつて、審議したとしても容易に承認は得られたと考えられ理事会の事前承認を得たか否かによつて犯罪の成否を決すべきものではない。

昭和三九年五月三日開かれた緊急理事会においても、右支出が全理事によつて承認されていることは被告人のなした右措置が是認されたものであり、敢えて被告人に刑事責任を問うべき違法不当な行為であつたとは到底考えられない。

(四)にもかかわらず、第一審並びに原判決は右事実の認定を誤り、犯罪の成立を認めたので、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

四、城山映画劇場業務上横領(一)(二)関係

(一)原判決の支持する第一審判決によれば

(1)市農協の組合員である片岡砂吉の市農協に対する債務不履行により、右債務の担保物件である長崎市城山町一丁目一番地二〇五所在の映画館を先に市農協が競売によつて取得し、これを昭和三四年一一月二四日、有限会社城山映画劇場(代表取締役山崎憲明)に代金三四〇万円で転売したため、同日、同被告人において同人から右代金金額の支払いを受け、これを市農協のため業務上預り保管中、同日前記市農協事務所において、右金員のうち四〇万円を自己の用に供するため壇りに着服して横領した。

(2)同三七年一一月ごろ、市農協の理事会において、同被告人の右(1)の領得事実が話題にのぼるなどしたため、同被告人は止むなく右同額の四〇万円を市農協に返戻したが、昭和三八年四月四日ごろ、右損失を捕てんするため四〇万円をさらに領得しようと考え、前記市農協事務所において壇に情を知らない同組合総務課長直田統一をして、同被告人の業務上保管にかかる市農協の資金のうちから四〇万円の出金手続をとらせ、長崎県信用農業協同組合連合会の自己の普通預金口座に四〇万円を入金させてこれを着服横領した。

ものであると判示する。

(二)しかし、右認定には明白な誤りがある。

被告人が、昭和三四年一一月二四日取得した金四〇万円は市農協のため業務上預り保管されていたものではなく、実質的には片岡砂吉のため、被告人が預り保管していたものである。

即ち判示映画館について不動産登記簿をみるとそれが昭和三四年五月二〇日付で抵当権者である市農協より抵当権実行の任意競売手続の申立がなされ、同年八月一七日木村俊次郎に競落許可決定がなされてその旨の所有権移転登記がなされ、更に同年一一月二四日有限会社城山映画劇場に転売され所有権移転の登記がなされている。

そこで更に右の経緯につき関係証拠と総合すると次のとおりの事実がわかる。

即ち、市農協は昭和三三年一二月片岡砂吉、古瀬巌、古瀬博康に対し同人らが共同経営する右映画館の建物、映写機部品、劇場営業権のほか右片岡の他の土地建物等を担保(不動産に対しては抵当権を設定)として融資していたが、片岡等三名の共同経営が、意見が対立して思わしくなく、市農協に対しての金利返済さえも満足にできなかつたため、このままでは右映画館のみならず、担保に入れた片岡個人の不動産さえも競売に付され、失つてしまう危険があると考えたので右片岡は、右映画館の共同経営をやめて、自分の単独の所有に移そうと企て、右映画館が市農協の抵当物件に入つているのを幸い、かねて昵懇の間柄であつて、市農協の組合長である被告人に「一応この際競売手続をしてくれ」と市農協よりの抵当権実行に基づく任意競売申立を頼み、後日右映画館の所有権を右片岡単独で取得するため、一応片岡に替つて市農協でこれを競落しその後片岡において競落金を支払い清算して目的を達したい旨合わせて被告人に依頼したのである。被告人にしてみれば、片岡らに融資して未だ半年も経過していないこと、市中金融機関の場合でも担保物件を競売に付すことは最終的な債権回収手段で稀であるのに、市農協において右の手続をとるのは更に稀であること等で、債権回収の方法としてあまり望ましいことではないと判断したものの、右片岡の懇請をいれて、やむを得ず同人の希望に従い、競売の申立をしたのである。

そして市農協がその名において映画館を競落することは農協の目的や、体面上適当ではないので、市農協から競売保証金、競落代金を仮払で出費し、(競落代金は被担保債権と相殺し)、当時市農協の貸付係長であつた木村俊次郎に事の経緯を説明して同人の名義で競落することとし、結局二九五万円で同人が競落したものである。

市農協は二九五万円を確保すれば、右片岡らに、貸付けた元利金は全部回収したことになる。

その後右片岡は市農協に二九五万円を支払清算し、右映画館につき自己の単独名義に所有権移転登記を経由しようとして金策に廻つたものの、結局その後の運転資金まで融資を受けることができなかつた。

そこで、右片岡は被告人と話し合った末、右映画館を他に転売することになり、はじめ深堀某と交渉したが、その後結局片岡の承認を得て、山崎憲明に頼み、被告人も経営に参加するということで、有限会社城山映画劇場を設立し、右山崎が代表取締役となって、代金三四〇万円で買取ったものであること、この代金中、三〇〇万円は市農協より弁済した競落代金分に費用を加えたものとして、農協に返済し、残金四〇万円は被告人が心配料として取得したものであること等が認められる。

繰り返していえば右映画館の真の競落人は右片岡であり市農協は片岡の依頼に基づき片岡に代って右競落手続並びに転売をしたのである。

このことは片岡が、競売期日に木村俊次郎と共に競売物に臨み、映画館競落の確実を期したこと、映写機、備品等映画館経営に必要な品物を動産競売日に全部取得していること、片岡において市農協へ代金二九五万円を支払えば完全に片岡に所有権が移転する状況にあったこと、被告人が他に映画館を転売するについては片岡の承諾が必要であり、現に有限会社城山映画劇場に売却するに当つては被告人は片岡の承諾を求めていることなどから優に認めることができるのである。

ただ、他に共同経営者の手前を考慮する必要上、また片岡が競落金を持っていなかったことから市農協に競落等を依頼したものに過ぎない。

木村俊次郎名義で競落した映画館の真の処分権利者は片岡にあり、処分した金員の帰属も片岡にあり、市農協にあったのではないのである。

従って右映画館を有限会社城山映画劇場へ転売し、それによって得た代金三四〇万円のうち、市農協に清算支払った三〇〇万円の残金四〇万円は市農協に帰属するわけではなく、片岡に帰属するものと考えるべきである。

従つて、前記判示の認定は右の経緯を実質的に検討せず、単に市農協より競落金が出たこと市農協職員木村俊次郎名義で競落されたことなどを理由に、映画館の競落人は市農協であり、従つてその転売代金は市農協に帰属し、従つて四〇万円は被告人が右農協のために預り保管中であったというが誤認も甚だしいといわなければならない。

(三)次に前記の経緯で映画館を有限会社城山映画劇場に売却し、その代金三四〇万円中、三〇〇万円は市農協へ競売代金並にその費用として補填し、残金四〇万円を被告人が取得したのであるが、右取得について不法領得の意思は存在しない。

右取得に至った経緯をみると、前述の如く被告人は片岡が市農協において、代位弁済した競落代金、即ち実質的にみると頭初の貸付金そのものの元利金合計二九五万円を市農協に支払えば右映画館所有権を片岡に単独で取得させる意図のもとに、木村俊次郎名義で競落させたところが、片岡が金策ができず、結局他に転売するの止むなきに至ったため被告人としても立場上困り、片岡の承諾のもとに種々転売先を探して、結局前記山崎憲明を説得し、転売ができるに至ったのであり、いわば被告人の心配と努力と手腕とによって捻出された転売であり、利益であるから、過去に片岡に対して有する立替金債権的五〇万円の内入弁済として、片岡の推定的承諾のもとに取得したのである。(片岡は決して被告人の右取得をとがめていない)。

従つて被告人の右四〇万円の取得は決して不法領得ではなく、また不法領得の意思もない。原判決はこの点においても事実を誤認している。

(四)前記判示(2)の業務上横領についても不法領得の意思はない。

被告人は前記四〇万円をとやかくいわれるので、一旦市農協に入金したのであるが、農協理事会において右金員を市農協に受入れることは、それまでのいきさつからみて適当ではない(農協の不当利得となる)と考えられ、その処分を被告人の専決処分にする旨決定がなされ、右理事会の明示の承認によって被告人は再び右四〇万円を自己の所有に戻したものである。

従つて、何らの違法性もなくまた不法領得の意思もない。

この点についても原判決は事実を誤認している。

(五)右各事実誤認の判決を破棄しなければ著しく正義に反する。

五、附記

本件上告にかかる原判決はその第一審判決のうち、大部分無罪となったものの残余の部分であるが、第一審判決は証拠の見方を誤り多くの誤判を犯したため原審において大部分是正された。けれども、なお且つ事実認定の上で多くの問題を含んでいるので、慎重な御審理をお願いする次第である。 以上

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